鎮まる怒り、淀みから動き出す
下田寛典 2024.05.24
2022年末のダーンサーイとの鮮明な出会いから、23年の夏にひとつの作品(パラレル・ノーマリティーズ『Whispering Blue ー 青い車の後部座席から聞こえた君の声』)に携わることができた。(作品の映像記録とプロセスオブザーバーによる報告書が公開されています)
振り返りを発信しなくてはと心に決めていたが、この投稿は、上演から1年近く経った後になってしまった。この作品のことを、うまくまとめることがとても難しかったし、今も難しい。けれど、自分にとってとても大切な作品になったのは間違いない。関わって下さった皆さまへの御礼が遅くなってしまって申し訳ない限りです。でも、ほんとうにありがとうございました。
7日間にわたる上演はパワフルな日々だった。作品もさることながら、リサーチから本番を終えるまでのプロセスは自分の半生を振り返る作業に似ていた。
何かを生み出そうとする情熱のようなものがどうにも淀んでいる。かつて世界中で起きている貧困、戦禍、災害に向いていたわたしのアンテナは現在、神社の紫陽花が咲き始めたとか、暮らしている町の商店が閉店したとか、そういう些細なことばかり受信する。世界の不条理に対する怒りもいつの間にか鎮まってしまった。(怒りのエネルギーはこれまで創作をドライブさせる一つの力になってきたと思う)
ダーンサーイでのこの作品は、自分の中のそういう時期に現れた。時間は連続しているのだから時代という区切りにさほど意味はないのかもしれないが、この作品は、自分史の中でのひとつの「区切り」もしくは「始まり」のような感じがしている。そして、この作品を経て、淀んでいる現在地を認めながら、怒りではない別の動力が湧いてくることを信じて生きている。
—作品概要—
パラレル・ノーマリティーズ『Whispering Blue ー 青い車の後部座席から聞こえた君の声』
https://whisperingblue.wixsite.com/whisperingblue/ja
<公演情報>
日時:2023年7月17~23日
会 場:タイ ルーイ県ダーンサーイ郡 市街地
主催:NPO法人 場所と物語、Prayoon for Art財団
共催:独立行政法人国際交流基金(JF)
助成:公益財団法人セゾン文化財団(国際プロジェクト支援)
ルーイアートフェス2023 :”Third Place”参加作品
脚本・演出:ナッタモン・プレームサムラン
原案:石神夏希『青に会う』
<ストーリー|旅人とともに「日常」を目撃する7日間>
山々に囲まれ、川の流れる小さな町に、遠くから旅人がやって来ました。 二人とも心に何かを抱えています。思い出のささやきに導かれながら彼らは7日間旅を続け、そこで昔馴染みの友に再会したり、新しい友に出会うかもしれません。あるいは、何かを思い出すかもしれません。 ここで彼らは何かを得て、そして人生のカレンダーのページがまたひとつめくられるのです。
『Whispering Blue ー 青い車の後部座席から聞こえた君の声』は、ルーイ県ダーンサーイ郡を訪れる旅人・リュウとトモの日々を観客がたどっていく上演時間7日間のパフォーマンスです。毎日「ファー(※)」からリュウとトモにメッセージで翌日の訪れるべき場所と戯曲が送られ、そこでの出会いに誘(いざな)われます。観客も「ファー」の公式LINEアカウント、特設ウェブサイト、ソーシャルメディアチャンネルを通じてそのメッセージを受け取ることができます。「ファー」の指定する場所にリュウとトモを追いかけ、その場面に居合わせることで彼らが出会う毎日の出来事を目撃します。写真家リュウ(鈴木竜一朗)が上演中に撮った写真と、トモ(下田寛典)の日記も毎日公開されます。
(※)ファー=ฟ้าは、日本語で青色、水色、空を意味するタイ語です。