タイとの出逢いのこと
下田寛典 2022.12.30
2022年も年の瀬を迎えた。今年中にどうしても書き残したいことがあったので筆をとった。
11月26日~12月2日まで東北タイのルーイ県ダンサーイ郡を訪れた。とあるアートプロジェクトのリサーチが目的だ。コロナのことがあって、2020年2月を最後にタイを訪れることはなかった。2年越しのタイとの再会が今回のリサーチとなった。リサーチの中身はまた追々綴りたいと思うが、今回のタイとの再会は自分にとって特別な経験になった。
思えば、タイに初めて行ったのは2000年のこと。当時、20歳だった。タイの農村で活動するNGOでのインターンシッププログラムに参加した。これをきっかけに国際協力活動を職業にタイで活動して20年を超えた。
「なぜタイに行ったのか」「なぜインターンシップをしようと思ったのか」、色んな所で理由を聞かれることがある。けれど、未だにこの手の質問にうまく答えられない。人前で話す機会もあるから、TPOに合わせた「解答」は用意している。けれど、実はそのどれもが芯を食っていない気がしていた。とどのつまりタイでなくても良かったのかもしれない。それでいて、このプログラムへの参加が当時の自分にとって必要なことだったのは確からしかった。
今回、アートプロジェクトへの参加という形でタイを訪れた。通い慣れた場所と違う地域に行ったこともあるけれど、どちらかというと、「出会い方」を変えたのが大きかったと思う。食べ慣れたタイ料理も、セブン(コンビニ)も、既知のものであるはずなのに、そうしたものですら、今回あまりにも色鮮やかだった。そういう何気ないタイの風景のひとつ一つが身体に浸み込んでいく。そんな経験を7日間続けた。自分にとって思いがけない体験であると同時に、すぐには咀嚼できないほど大きなものをダンサーイから受け取った。
最終日に自転車で遊水池に一人行って撮ったのが冒頭の写真だ。長い上り坂の先にある遊水池。汗だくになりながら遊水池に到着した時、青空が水面に映っていた。その時、2000年に初めてタイを訪れたその先に、今回のリサーチが繋がっていることの必然を感じた。今回のリサーチを経験するために、あの時、自分はタイに出逢ったのだ。それが解った。
翻って、何かを選択した(選択しなかった)ことに理由はあるんだろうか。理由なんてあるようでいて、ないのかもしれない。そのとき選択した理由は、20年経ってみて初めて読み解けることもあるだろう。もしくは、もう何十年かして書き換えられることもあるかもしれない。
正直いまだに自分のことがよく解らないし持て余すこともある。アートは、そんな凝り固まった自分を解きほぐしてくれる。そのことを身をもって知る滞在だった。
追伸:今回のリサーチを元に2023年に作品制作が行われる予定です。個人的に何らかの形で自分も関わりたいと思っています