オーブンレンジの先にあるタイ
下田寛典 2022.05.09
タイに行き、農業や百姓に魅せられ、それこそ20代の血気盛んな頃は、「世界を救うには農業しかない!」とすら思っていた。
けれど、農業に真剣になれなかったばかりか、庭いじりすら続かない。ベランダのプランターを枯らせてしまうくらいだ。
それに比べて身体はなんて正直なのだろう。世界を救うなんて言う前に、日に三度きちんとお腹が空く。だから、料理をしたり、時々レトルトでさぼったりもして、お腹を満たす。ちょっと甘いものが欲しくなれば、お菓子を作ってみる。欲望に正直になるところに、日々継続できる何かがある。
苗を育て、野菜が実るのを待てずに飽きてしまう。それより、瞬間的に訪れる空腹を満たすことに終始する。使命感に駆り立てられるわけでなく、行き着くところは、煩悩丸出しなのである。
いま海外へ行くのに二の足を踏む。そんな感じがしている。こんな煩悩にまみれた日常を送る自分が、いま、タイに行ったらどうなってしまうだろうか。不安にも似たモヤモヤがある。でも、きっと行ってしまえば、暑い暑いと言いながらあっという間に日焼けしてしまうのだろう。
…そんなことを考えながら、オーブンレンジの中のマフィンが焼けるのをじっと待つ。5月9日の午後4時10分。