ペピン結構設計『トンカツであーる』プレトーク その2

大野舞(イラストレーター)× 石神夏希(作・演出)

− 絵を通して表現する人は、どんな気持ちで作品をつくるのか、聞いてみたい −

ペピン結構設計の作・演出をつとめる石神夏希が、公演を直前に控えた1月下旬にお会いしたのは、新進気鋭のイラストレーター・大野舞さん。よしもとばななさんの新聞小説の挿絵を手がけるなど、活躍中の彼女とは、実は同世代で、同じ大学出身 。 表現するフィールドは「演劇」と「イラスト」と違いながらも、常にシンパシーを感じていた二人が、お互いの創作プロセスや、長新太さん、そして次回公演について語りました。

石神夏希・大野舞

目次

- 第1部 お互いのルーツ

- 第2部 共感すること

- 第3部 長新太さん

- 第4部 絵と演劇を通して表現すること

- プロフィール:大野舞・石神夏希



第1部 お互いのルーツ

今日話したいこと

石神:こうしてゆっくり会って話す機会って、今までなかなかなかったね。
大野:そうね。お互い、大学の頃から知っているんだけどね。最近だと、twitterでつながっているけど(笑)。こうやって落ち着いて話せるのってはじめてだね。今日はとってもうれしい(笑)。
石神:私は、舞ちゃんが作るイラストや、舞ちゃん自身に、昔からシンパシーを感じていて。例えば今年のカレンダー「北にいきる物語」(※1)ではアラスカに伝わる神話がモチーフになっているでしょ。あと「日本の神様カード」(※2)でのお仕事をみても、やっぱり舞ちゃんの中で、そういう「神話の世界観に対しての共感」みたいなものがあるんだろうなって思って。
大野:うんうん。

石神:今回ペピンは、長新太さんの絵本を演劇化するんだけど。長さんは元々イラストレーターで、自分のことを「アニミズムの専門家」と言っていて、その原始的な神話に通ずる笑いのセンスが、「ナンセンス」といわれたんじゃないかなって私は思っているんだけど。
で、長さんの「そういう世界観」について、私は舞ちゃんなら一緒に共有できるんじゃないか、と。そして舞ちゃんに、イラストレーターとして絵を通して表現するときに、どんな事を思ったり、考えたりしているのかを聞いてみたいなって。
大野:そんな大役、私でいいのかな〜! 長新太さんは、絵本の世界では大御所も大御所だよ!
長さんの作品は、小さい時から読んでいたし、大好きだった。ひょっとしたら私の原点かもしれない。アニミズムっていうのも分かる気がする。絵本ってそもそも物事がシンプルに、プリミティブに描かれるものが多いけど、長さんのは更に五感に迫ってくるんだよね。

大野舞のルーツ

石神:こどもの頃はどんな遊びをしていたの?
大野:やっぱ絵を描いていたかな。キャラクター描いたり。お話を書いたり。実は私、幼稚園の頃からずっと夢が変わっていないの。ずっと絵を描きたいと思っていたんだ。
石神:そうなんだ! 絵本は読んでいた方?
大野:うん、よく読んでいたし、結構持っていた方だと思う。長さんの絵本だと「おしゃべりなたまごやき」は何度も読んだし、和田誠さんとか、谷川俊太郎さんの絵本とか「ぐりとぐら」とか。「100万回生きたねこ」とか。いっぱいあったかなー。
石神:高校生の時にアラスカに留学して、イラストレーターになることを決意したって聞いたことがあるけど。
大野:うん。高校の時、美術部で油絵をやっていたんだけど、先生のスタイルが馴染めなくて、絵をやめようって考えたことがあったの。見えたものを見えたように描くようにといわれて、私はそれができなくて挫折して。それで、高校3年の夏休みっていう変なタイミングで、留学して1年間アラスカに行って。
石神:え…?じゃあ受験を放棄したの?
大野:そう。それまで、普通に受験する気で予備校にもいっていたんだけど。でも、絵を描く夢はありつつも自分には美大に受かるような絵がかけないんだって思って。なんだか、定まっていなまま、専攻を決めなくてはいけないのが嫌で、急に留学すると言い出して。

アラスカに行ったのは、高校1年の時にカナダでホームステイして、北米の民族美術や神話に感銘を受けたから。もっとそういうものを知りたいなと。あと星野道夫さんの本の影響は大きかったと思う。みんなにすごく止められてね。学校も進学校だったから反対されて。でもやっぱりアラスカにいきます!って。

石神夏希のルーツ

大野:夏希ちゃんは小さい頃、どんな感じだったの?
石神:小さい頃は、基本的にずっと遊んでいたな。 文章はよく書いていた。小学校のときは詩を書いてて、 中学の時に小説を書き始めて、高校の時は小説と詩。大学から脚本を描くようになったけど。でも小学校の頃は、とにかくよく遊んでいたな。友達と劇団をつくって休み時間に空き教室で芝居をやったりとか。あと「たんけい(探検+探偵)」 ごっこっていって、友達と二人で隣町に行くんだけどわざと知らない道を通って迷うの。途中で、たとえば「敵がいる!」とか「関所があって通れない」とか「銃撃戦になっている橋」とか、そういう設定をその場で考えて演じながら、自分の町に帰ってくるという。「あの猫はスパイだから気をつけて」とか「じゃあ今から、透明になるから!」って言って猫の前を通過したりとか(笑)。あと別の遊びだと、道端で友達と遊びながら、完全に妄想の話をするの。友達に「あっちゃんちは36階建てですっごいよね〜!」って思いっきり嘘なんだけど、それを聞いた通りすがりの大人が思わず笑うのを盗み見て「ヨシ!」って(笑)。
あとは、女の子5人で「さるごっこ」。ひたすら「キッキー」で喋るだけの遊びとか(笑)
大野: いやー!私もそういうのやったよー!私は「ねずみごっこ」だった(笑)
石神:小さい時って、単純なことで遊べるんだよね。「変な顔ごっこ」とかさ。教室でカーテンのなかに一瞬隠れて、変な顔を交互にするっていう、ただそれだけの遊び。

私は、小学校のときはずっと児童文学を読んでいて、中学で初めて小説を読んだんだ。遊びも小学校を卒業するまで同じことをやっていたから、子ども時代が長かった気がする。だから子供の頃のことをよく覚えているし、今やっていることも、割と昔から変わらないかもしれない。

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第2部 共感すること

神話の感覚

石神:前回『シンデレラ』という芝居をやった時に私なりに勉強して、昔の神話や寓話がどういう風に大陸を移動したかという歴史を調べたら、とても面白くて。人が移動したときに、一緒に「神話」も移動していくのね。
大野:そうだね。ヤタガラスとか、場所が違うのに日本とアラスカの間で同じカラスっていうモチーフが重要な役として現れたり。
石神:そう。たとえば私たちって「狐はずる賢い」っていう感覚があるでしょ。よくわからないけど、なんとなくみんながそう思っちゃってるもの。それって昔話や神話から来ていたりする。
大野:共有しているものがどこかにあるんだろうね。
石神:舞ちゃんの絵の気持ちよさにも、そういうものがある気がするんだ。WEBでみたんだけど、これがとっても好きなの。豆のやつ(※3
大野:私、豆が好きなのよ。これは大豆。
石神:豆っていうモチーフも、古いルーツをもっていて。中沢新一さんが言っているんだけど、インディアンの風習で、死者に豆を投げるっていう儀式があったみたい。前々回の作品『ねもと』は日本神話に登場する異界「根の国」をモチーフにしたお話で、「ねもと」っていう名前の居酒屋が登場するんだけど、その店は枝豆しか出てこないの。豆は、神話や寓話の世界にうまくハマる。

大野:ジャックと豆の木とかもそうだよね。ヨーロッパ、北米でも豆がでてくる神話って、とっても多い。豆ってどこでも育つし、タンパク質がとれるし、みんなの主食だし。食の象徴だったり、端的にみんなわかるって気がするもんね。形もいいんだよね。サヤに入っている感じがかわいい。
石神:豆、好きだねえ。
大野:うん、すべての食材で私は豆が好き!

わからないけどわかること

石神:私、この絵(※4)もとっても好きで、この鳥が頭をつかんでいるじゃない。普通、鳥に頭をつかまれることってないじゃん。でも、こうやって見ると「あるな」って思う。そういうのがとっても面白いなって。 私が芝居を作っているときに、どこかに少しでもいいから出したいと思っているのは「この世に絶対ありえないけど、でも、あるもの」なんだよね。長さんの絵本では、そういうものにいっぱい出会える。
大野:そうだね。
石神:あと、舞ちゃんの作品だと、このトマトに飛び込んでいる人たちとか(※5)、飲んでいるスープの中に何かがいるっていう感覚とか(※6)。すごいわかるんだけど、でもこれって年を重ねるにつれて分からなくなっていくじゃない。この間、甥っ子がハーゲンダッツのクッキー&クリームを食べてて、だんだん溶けて液体になってくるじゃない。その液体の中に浮かんでるクッキーの欠片を見て、「これタコさん?」って言い始めて。溶けたアイスクリームが「海」で、クッキーが「タコ」に見えたみたい。そういうさ、子供の時にあった感覚っていうのかな、それが、舞ちゃんの絵を通して感じるんだよね。
大野:ちっちゃい子の感覚って、本当におもしろいよね。
あのね。実は私、小さい時に目に見えないものが見えていて、よく、その子(目に見えないけど見える存在)と遊んでいたの。
石神:えー!それって、よしもとばななさんもそうだって聞いたことある。
大野:ばななさんは虫が見えたんだって。私はうっすらとぼんやりとしか覚えていないんだけど、うす紫色のサルだった。いろんなものが見えるのではなく、その特定の子(うす紫色のサル)と遊んでいたんだよね。母親がコタツに座ろうとしたら、やめて!潰れちゃうから!っていったりして。でも小学校に入るときに、見えなくなってしまったな。

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第3部 長新太さん

絵本を読む

石神:今日は何冊か長さんの絵本持ってきたの。割と後期の頃の作品だけど「みみずのオッサン」とか。
大野:これ、色がきれいだよね!あーこれ「ゴムあたまポンたろう」だ!これ最後いいよねー。木の上で寝てるんだよね。
石神:そうそう!あと、いくつか初期の作品も持ってきた。
大野:あ、これ「こどものとも」だね。なつかしー。でも、これって長さん「作・絵」じゃないよね。長さんって、絵だけの時と「作・絵」のときと違うからね。
石神:そう、ちょっといい話だったりする時って、だいたい長さんはイラストだけ(笑)。
大野:でもたぶん「作・絵」のほうが、彼自身の世界なんだろうな。「ゴムあたまポンたろう」とか。あと私がよく読んでいた橋が伸びちゃうやつ。「へんてこへんてこ」だっけ?
石神:渡るものが伸びちゃうっていう。
大野:そうそう。あー、なつかしい!

突き抜けた絵本

石神:舞ちゃんは、絵本は作ったことあるの?
大野:絵本の絵は1冊描かせてもらったことがあるよ(※7)。文章は詩人の覚和歌子さんが書いて、私は絵を描いたの。あとは童話作家のやえがしなおこさんの童話も(※8)。それはちょっと高学年向けな感じのお話で、絵本ではなかったんだけど。その時、絵本は本当に難しいなって思った。普段描いている一枚絵は、一枚の中で完結するから、その一枚だけを考えていればいいのだけど、絵本はシーンが連続するし、同じ人やキャラクターを描かないといけない。全然違うんだなぁっていうのが、やってみて分かった。
石神:自分で文章を付けて、絵本を作ってみたいって考えたことはある?
大野:絵本はいつかやってみたいと思うし、考えている。今度話すから聞いてよ(笑)。でもやっぱり絵本作家さんは本当にすごいなって思う。作品として世の中に出すということは、メッセージというか、何かがちゃんと「通って」いないといけないでしょ?
石神:そうね。何かが「突き抜けて」いないとね。
大野:長さんの絵本は本当にすごいよね。きれいな色だし。しかも教訓めいてなくて、だからこそいいんだよね。絵本みたいに、たったの20ページくらいの長さの本でこんなに気持ちがよくなれるものって、他にないよね。


演劇化のきっかけ

石神:舞ちゃんは自分が絵を描く人だから、共感できないかもしれないけど、私、大人になって絵本を読んだ時に、あっという間に読んでしまったことがあって。こう、子供の頃のように1ページ1ページをじっくり読んで、絵本の世界に入りこむことがだんだん難しくなったりしてたんだよね。
でも、今回、お話をつくるプロセスの中で、子どもの頃みたいに、また絵本を楽しめるようになってきた気がする。同時に、大人の目線で、やっぱなんでこんなのを大人が描けるんだろうっていう驚きがあって。長さんはすごいなって改めて思うんだよね。
大野:この長さんの絵本を原作に、芝居をつくろうっていうアイディアは、前々からあったの?
石神:うーんとね。私、2年くらい前に脱サラして。同じ頃にペピンの活動もお休みして。それで、COLUMBAっていう、もっと個人的なユニットを作って、神話や伝説をベースにしたお芝居を3作つくったのね。その頃に、長さん作品は「原作」ではなかったんだけど、参考にしていたの。煮詰まるたびに本を開いて「この感じなんだよなあ」って。それがこの「マンガ童話」(※9)なんだけど。
大野:あ、これって「なんじゃもんじゃ博士」っていうやつもあったよね。
石神:そうそう。それと同じ系列(漫画)だよね。私はこの感じがとても好きで、 スタッフさんに見せていたら、その時に「じゃあ長さんを原作にやってみたら?」って言われて、あ、そうかと思って。今回ペピン結構設計で、公演を3年半ぶりにやるときに、この企画を提案したんだけど、でも最初はみんな、長さんを覚えていなかったり、絵本を読んでいなかったりして、ピンとこなかったみたい。でも、絵本を実際に読んだり、今回ご協力頂いているトムズボックスの土井さんのお話を伺ったりするうちに、だんだんみんな「長さんスゴイ!」ってなってきて…。

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第4部 絵と演劇を通して表現をする

絵を通して表現をすること

石神: 私が個人的になんで舞ちゃんの絵がおもしろいなって思っているかというと、それは「この人はこういう風に世の中をみているんだな」っていうのがわかる作品だから好きなの。 単純にかわいいっていうものも好きだけど、でも、なんでこの人がこういうものを作ったかっていう理由や動機。誰だって世界観があるとは思うけど、それをちゃんと絵で表現しているところがすごいなって。
大野:ありがとう。そう言ってもらえて、本当に嬉しい。
石神:私は個人的に絵で表現する人にすごく憧れるというか、どういう仕組になっているのか不思議なんだよね。前に舞ちゃんに「なんでこういう色になるの?」って聞いたときに”そういう色に見える”って言っていたんだよね。その言葉がとても印象的で。
長さんがどういう風に描いていたのかは、もうご本人が亡くなっているから訊けないんだけど、舞ちゃんに、長さんに訊いてみたかった質問をぶつけてみたいな、と。 単純に、どういう風に、イラストレーターの人が、頭の中の世界観を絵に変換しているのかなっていうのに興味があるし。
大野:私、そんな偉そうなこと言ったかなー。「こんな色にみえる!」だなんて(笑)。
私にとって絵を描くことはもう呼吸をするようにとても自然なことになっていて、だからあまりことばにするのが難しいんだけど。まずそうね。私、絵を描く時に一応あたりというか、線を描くんだけど、でも緻密な下描きをしないの。中には習作を描いてから大きな絵を描く人もいるんだけど、私は大きい絵もいっぺんに描く。つまり完成図が先にあるんだよね。色も形も全部。
石神:頭のなかにイメージがあるってこと?
大野:そうね。それをナゾるっていうイメージかな。でも、頭のなかにあるものに画力が追いつかない時があって。迷っているんじゃなくて、正しいとこは分かっているんだけど、そこに辿り着けない歯がゆさみたいなものがあって、だから「鍋を混ぜている」感じなの。鍋の底はゆらゆらして見えないけど、上辺にもってくるとだんだんはっきりとみえてくる。鍋のなかにいろいろな材料をいれると色が変わってきて、水面に浮かび上がってくるの。 色とか形とか、絵の全部がその液体のなかにあるんだよね。
石神:絵が見えるって、それって細部まで見えるの?
大野:うん。完成品まで見える。それがないと描き始めても失敗するの。
石神:そういう絵って、突然見えてくるの?
大野:うん。チーン!って出来上がるの。材料をいれて、待っていると。だからアラスカについて描こうって思ったら、日々の生活の中から片っ端からそれに関連するイメージを鍋の中に入れると、あるときチーン!って浮かび上がるの。すべての絵を描いている人がそうかはわからないけど、でも夏希ちゃんを含めてモノを作る人の、思考するときのプロセスで、誰でもそういうものがあると思う。私はつい、ビジュアルにしてとらえるから「鍋」っていっているけど。

石神:ちなみに舞ちゃんは、自分で絵を描いていて人に見てもらうことに関して、どういう風に見て欲しいとか、どういうことを感じて欲しいとかっていう思いはある?
大野:仕事は置いておいて、私が純粋に絵を描く時だとしたら、やっぱり一枚絵であっても、そこに絵本をみた時のような物語を感じてもらえたらなって思う。(2010年カレンダー9月のイラストを見ながら)たとえばこの女の子はこの後どこに行くんだろうとか、そういうことを想像させられるような絵を描けたらと思う。絵って全然なくても生きていけるもので、生活必需品ではないけど、人間って物語みたいなものを必要としている気がして。たとえ誰かが作ったものであっても、それを「自分の物語」にできるようなものが、私は好きだし、見る人にそういう気持ちになってほしいかな。
実は、私のイラストの中で登場するキャラクターって、どんなに作品が違っても、 全部は同じ世界の中にいるの。
石神:そうなんだ!
大野:全部に設定があるの。どういう成り立ちで、どういうふうに世の中が出来て、っていうようなね。みんなが住んでいる地域や島は違うんだけど、基本的にみんな同じ世界に住んでいる。それをちょっとずつ切り崩しながらイラストにしているんだよね。だからその全貌を少しずつでもわかってもらえたらいいなって思っている。


演劇を通して表現をすること

大野:絵はひとりで出来るけど、舞台はひとりでは作れないじゃない。人って思い通りに動かせないし。だから私は夏希ちゃんが、舞台で自分の作品を作り続けているのが本当にすごいなって思っているんだよね。
石神: 演劇をやる人にも、いろんなやり方があると思うけど、私はあんまり完成形が見えないタイプで。 むしろ自分の頭の中で作った世界が、稽古場で崩壊していくことを楽しむというか(笑)。もう完全に崩壊する。あと本番だって、お客さんが見る角度や、その日の天気でも変わるし。だからもう、どう変わるかを楽しむしかないなって。そんないい加減な!と言う人もいるかもしれないけど、脚本も、プロットを描かずいきなり書いちゃう。書いていて転がり出すのを楽しみたい。脚本を書いた後も、お客さんを含めて、関わってくれる人たちが私の想像力を超えていくのを楽しむっていうのかな。だからこそ、舞ちゃんみたいに確固たる世界があってそれを、表現している人ってカッコいいなって憧れる。
大野:そんなそんな(笑)。わたしはむしろ自分のなかにあるものしか出せないから、夏希ちゃんみたいな作り方に憧れるな。あるものをひたすら練っていってそこに不確定要素が絡んできて、うまくいかないかもしれないけど、その結果爆発する!みたいなのって、あんまりないから。
石神:じゃあ、たとえば私が、今度こういう作品をやるんだけど、その時に舞ちゃんに絵を描いてと言ったら、舞ちゃんの世界の中の「生き物」じゃないものがでてくるのかな?
大野:それやりたい!夏希ちゃんが書いた文章で絵本にしてみたいな。いま挿絵の仕事をしているけど、やっぱり誰かの世界を形にすると全然違うんだよ。
石神:それってどういうこと?キャラクターが違うの?
大野:うん。私の中の「島」から一度出て、その人の「なか」に入って、で、「戻って」くるんだよ。
石神:うわ、ほんとに生きているんだ。すごく面白い。やってみたいね!
大野:うん、やってみようよ!

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プロフィール

大野 舞

1980年生まれ。東京都在住。広告代理店勤務を経て、2006年独立。 アラスカへの留学や世界一周など、様々な旅の経験から生まれる物語性と空想性に富む作品を特徴とする。「日本の神様カード」他、毎年テーマを変えたオリジナルのカレンダー制作なども行っている。現在、 毎日新聞で連載中の小説「もしもし下北沢」(よしもとばなな作)の挿絵を担当。(http://www.denali331.com/

石神夏希

1980年生まれ。1999年「ペピン結構設計」を設立以降、作・演出を担当。2002年「東京の米」 にてかながわ戯曲賞最優秀賞受賞。2005年 World Interplay 2005(オーストラリア)に参加。その他、ペピン以外への脚本提供・ワークショップなど活動の幅を拡げている。

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